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さっちゃん。ごめんな

憔悴の父親が手記

 「さっちゃん。ごめんな」――。長崎県佐世保市の小6女児殺害事件で、亡くなった御手洗怜美(みたらいさとみ)さん(12)の父親で毎日新聞佐世保支局長の恭二さん(45)は7日、現在の心境をつづった手記を代理人の弁護士に託し、公表した。

 受け入れられないまな娘の死、父親としてもっと接してやれなかったのかという後悔……。文面にはそんな思いがあふれている。恭二さんは「(怜美さんの死を)頭ではわかっているつもりだが、体で理解できない」と再三漏らしており、日増しに憔悴(しょうすい)しているという。

 「自分の気持ちです」。自宅で手記を手渡す際、御手洗さんは伏し目がちにそう言ったという。

 手記は、「思いが言葉にならない」と漏らす恭二さんを見て、八尋(やひろ)光秀弁護士が6日夜、「思ったこと、話したいことを書いてみては」と助言した。A4判の用紙1枚にパソコンを使って書かれている。

 手記では、怜美さんが家事を手伝わないことをしかったことなどに触れ、「ひどい父さんだな」などと、自分を責めるような言葉が並んでいる。

 後悔の思いが募るのか、怜美さんが愛用していたマグカップを握りしめ、涙をこぼすことがあるという。

 恭二さんは7日、佐世保市役所で会見する予定だったが、直前に専門医から「不特定多数の人の前で話すのはまだ無理」と診断され、急きょ欠席し、手記を託された八尋弁護士が代わって会見した。

 恭二さんはニュースや新聞は見ているが、「(頭の中に)自分のものとして入ってこない」と、事実を受け入れきれない状態。睡眠不足もあって消耗が激しいという。

 加害者側からの謝罪については「お受けできる状態ではない」としている。

          ◇

 さっちゃん。今どこにいるんだ。母さんには、もう会えたかい。どこで遊んでいるんだい。

 さっちゃん。さとみ。思い出さなきゃ、泣かなきゃ、とすると、喉仏(のどぼとけ)が飛び出しそうになる。お腹(なか)の中で熱いボールがゴロゴロ回る。気がついたら歯をかみしめている。言葉がうまくしゃべれなくなる。何も考えられなくなる。

 もう嫌だ。母さんが死んだ後も、父さんはおかしくなったけれど。それ以上おかしくなるのか。

 あの日。さっちゃんを学校に送り出した時の言葉が最後だったね。洗濯物を洗濯機から取り出していた父さんの横を、風のように走っていった、さっちゃん。顔は見てないけど、確か、左手に給食当番が着る服を入れた白い袋を持っていたのは覚えている。

 「体操服は要らないのか」

 「イラナーイ」

 「忘れ物ないなー」

 「ナーイ」

 うちの、いつもの、朝のやりとりだったね。

 5人で、いろんな所に遊びに行ったね。東京ディズニーランドでのことは今でも忘れない。シンデレラ城に入ってすぐ、泣き出したから父さんと2人で先に外に出たよな。父さんは最後まで行きたかったのに。なんてね。

 でも、本当にさっちゃんは、すぐに友達ができたよな。これはもう、父さんにはできないこと。母さん譲りの才能だった。だから、だから、父さんは勝手に安心していた。いや、安心したかった。転校後のさっちゃんを見て。

 母さんがいなくなった寂しさで、何かの拍子に落ち込む父さんは、弱音を吐いてばかりだった。「ポジティブじゃなきゃ駄目よ、父さん」「くよくよしたって仕方ないじゃない」。何度言われたことか。

 それと、家事をしないことに爆発した。ひどい父さんだな。許してくれ。

 家の中には、さっちゃん愛用のマグカップ、ご飯とおつゆの茶碗(ちゃわん)、箸(はし)、他にもたくさん、ある。でも、さっちゃんはいない。

 ふと我に返ると、時間が過ぎている。俺(おれ)は今、一体何をしているんだ、としばらく考え込む。いつもなら今日の晩飯何にしようか、と考えているはずなのに、何もしていない。ニコニコしながら「今日の晩御飯(ばんごはん)なあに」と聞いてくるさっちゃんは、いない。

 なぜ「いない」のか。それが「分からない」。新聞やテレビのニュースに父さんや、さっちゃんの名前が出ている。それが、なぜ出ているのか、飲み込めない。

 頭が回らないっていうことは、こういうことなのか。さっちゃんがいないことを受け止められないってことは、こういうことなのか。これを書いている時は冷静なつもりだけど、書き終えたら元に戻るんだろうな、と思う。

 さっちゃん。ごめんな。もう家の事はしなくていいから。遊んでいいよ、遊んで。お菓子もアイスも、いっぱい食べていいから。

2004年6月7日 

御手洗 恭二(読売新聞)[6月8日3時6分更新]


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